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スミレの閉鎖花(23) フチゲオオバキスミレ(2)

 前回の続きで栽培下のフチゲオオバキスミレV. brevistipulata var. ciliataの閉鎖花。解剖しながらの連続写真で計3個の閉鎖花を提示します。写真 1.〜4.は未受粉の閉鎖花、写真 5.〜8.と写真 9.〜12.は受粉中の閉鎖花です。この夏に20個以上の閉鎖花を解剖して以下のような連続写真を撮りましたがいずれも構造はほとんど変わりません。

Img_2220 写真 1.

Img_2221 写真 2.

Img_2222_2 写真 3.

Img_2226 写真 4.

Img_1969 写真 5.

Img_1970 写真 6.

Img_1971 写真 7.

Img_1973 写真 8.

Img_2227 写真 9.

Img_2228 写真 10.

Img_2229 写真 11.

Img_2230 写真 12.

 萼片は5枚、花弁も5枚揃っています。しかし開放花のようには発達せず、中途半端なまま成長は止まっています。唇弁には他の花弁と違った多少の膨らみもあります。雌蘂は写真 8.に見られるようなものが典型で、?形に屈曲し、柱頭口は写真 4.のように広く開いています。雄蕊には葯と同じくらいの長さの花糸があり、割と幅広です。葯隔は写真 3.に見られるように広く、その中に1個の約室を持つ半葯が2つ浮かんでいるような格好です。半葯の長さはいずれも約1mmで、繭形よりもっと細長く、写真 3.に見られるように先端が突起で終わっています。下方の2個の雄蕊からの距(脚柱)は見られません。葯は完全に縦に裂開し、これはオオタチツボスミレなどの有茎種と共通で、いままでに見た無茎種とは異なっています。写真 8.と12.を見ますと写真 8.では半葯の袋の側面が破裂したように開いていますが、写真 12.では半葯の袋と葯隔との接着面が開いているようにも見えます。裂開する部分は一定せず弱い部分が開くのかも知れません。

 写真 10.はたまたま解剖針の入れ方を変えて萼・花弁・雄蕊をいっしょにして剥がしたものですが、おおよそ萼と萼の間に花弁、花弁と花弁の間つまり再び萼の位置に雄蕊が着くという関係になっているのが見て取れます。これは閉鎖花だけに限った事ではありませんが。

 フチゲオオバキスミレV. brevistipulata var. ciliataはオオバキスミレの変種とされていますが(いがりまさし「日本のスミレ」など)、大場秀章・他「Flora of Japan」(1999)のように変種の区別もされずオオバキスミレに一体化されたものもあります。どちらにしろオオバキスミレという種の一部という位置づけです。

 佐竹・伊藤「日本産スミレ属の分類学的研究 1.閉鎖花について」では研究に用いた35種類(無茎種23、有茎種12)(それぞれ平均10個体)全てについて閉鎖花を生じたとされています。有茎種はイブキスミレ・キバナノコマノツメ・タカネスミレ・ニョイスミレ(ツボスミレ)・タチツボスミレ・ニオイタチツボスミレ・アオイスミレ・ナガバノタチツボスミレ・オオタチツボスミレ・タチスミレ・エゾノタチツボスミレ・オオバキスミレの12種ですが、そのなかにオオバキスミレが含まれています。残念ながら産地がどこかということは書いていないのですが、他の種の産地がみな複数である事、2年後の開放花についての論文に書かれているオオバキスミレの産地も複数である事から見て、何ヶ所かの産地のものを検しての結論だと思います。

 当ブログの(13)でも少し触れましたが、2011年、北大大学院の速水将人さんたちのグループが北海道のオオバキスミレには閉鎖花をつけてもっぱら種子繁殖をするものと、地下茎による栄養繁殖をして閉鎖花を全くつけないものとがあることを明らかにしました。速水将人・他「Intraspecific variation in life history traits of Viola brevistipulata (Violaceae) in Hokkaido」(2012)。ひとシーズンを通して、北海道内8ヶ所の集団のフェノロジーを追跡するという超人的なフィールドワークの末の成果でした。当ブログの最初の方でくどいくらい閉鎖花についての文献調査をしましたが、国内のスミレで閉鎖花をつけない集団が存在する事を明らかにしたのはこの研究が初めてだと思われます。
 しかも北海道南部ではそのうち2ヶ所で同所的に生育しているにもかかわらず一方の集団は閉鎖花をつけ、他方は閉鎖花をつけず早々に地上部を枯らしてしまいました。速水さん達は慎重にそれら二つのグループの分類的位置付けについての言及をしていませんが、私はひそかに、その二つのグループは図鑑で言うところのオオバキスミレとフチゲオオバキスミレに当たるのではないかと思っています。
 ここ2回にわたって閉鎖花の写真を提示したものも、この研究で調査された閉鎖花をつける集団と同じ場所の種子を育てたものなのです。

 私は今年閉鎖花を調べるために、30種類程度の鉢植えを育てました。黄花系のスミレでは今書いていますフチゲオオバキスミレそしてオオバキスミレ・フギレオオバキスミレ・ケエゾキスミレ・エゾキスミレ・シソバキスミレ・ナエバキスミレ・キスミレ、それにエゾタカネスミレの9種類です。後半の6種類は山草店から購入したものです。このなかで閉鎖花をつけたのはフチゲオオバキスミレ・シソバキスミレ・エゾタカネスミレの3種類で、あとの6種類はとうとう閉鎖花はつけませんでした。
 そのうちのオオバキスミレを除くフギレオオバキスミレ・ケエゾキスミレ・エゾキスミレは全て北海道内だけに生育し、狭義のオオバキスミレを含めた全体としての分布もほとんど連続的で、しかも同所的には生育しません。分類的位置付けも同一種内変異ですので、わたくし的実験の結果としては納得できるものです。ナエバキスミレとして購入した二鉢のスミレも閉鎖花をつけませんでした。蕾はほとんどが開放花として咲き、一部がしいなとなって枯れ落ちました。しかも驚いた事に今日の時点でもまだ花をひとつつけているのです。これが本当に本州中部地方の高山帯にだけ生育するナエバキスミレそのものなのか疑問符もつきますが、フチゲオオバキスミレの閉鎖花と比較する良い材料ですので、次回にでも提示してみたいと思っています。
 もう1種閉鎖花をつけなかったのがキスミレですが、以前にもさんざんインターネットで情報を集め、中国語や韓国語でも検索してみて、とうとう閉鎖花をつけないらしいと自分なりに結論を出してホームページ「北海道オオバキスミレ探訪記 31」にそのように書きました。そして今年ようやく2鉢のキスミレを仕入れて花を咲かせ、枯れるまで見続けましたが、とうとうこれも閉鎖花をつけませんでした。

 このスミレは閉鎖花を着けると言うのは簡単なのですが、着けないと言うのは難しい。着けないものが見つかったというのが正解でしょう。そしてなぜ同じ種内で、そして近縁種のなかで着けたり着けなかったりするのか。生きものには不思議がいっぱい詰まっています。



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