« 2013年10月 4日 (金) | トップページ | 2013年10月 8日 (火) »

スミレの閉鎖花(2)

 スミレ類の閉鎖花に興味を持ってから、閉鎖花というものについて書かれている文献をいろいろ探してみました。スミレ類を鉢植えなどで育てていると、春きれいな花を咲かせた後、夏頃から花を見ていないのに次々と実をつけるのに気がつきます。蕾のような状態のまま、その中で雌しべが位置の近い雄しべの花粉で自家受粉するのですが、これを閉鎖花といい、受精した胚珠がどんどん成長して子房が大きくなり、萼片を押し開いて果実が膨らみます。この状態を閉鎖果といいます。このことは昔から良く知られていて園芸家の常識でした。でもあまりにあたりまえの事であるし、美しさもゆかしさもないのでかえって注目される事がなかったのではないかと思われます。例えば日本スミレ同好会が2008年に作成した「すみれニュース電子ファイル」は会報の1号〜101号までをまとめてCDにしたものですが、単なる画像ファイルではなくて、全てpdf化されていますので、「閉鎖」で検索してみますと、閉鎖果から採種するというような記事が数多く見られました。この貴重なCDによって10種以上のスミレに閉鎖花が着くことを知る事が出来ましたが、残念ながら閉鎖花を解剖して見たり、閉鎖花そのものに的を絞った記事というのはありませんでした。

 一番詳しく載っていたのは、やはり浜栄助「原色日本のスミレ」でした。スミレ属の3種、エゾノタチツボスミレ・シロコスミレ・エイザンスミレの閉鎖花の萼を取り除いた状態の図が描かれ、詳しい解説が書かれています。その部分を引用してみます。
「閉鎖花は、一般に正常花に続いて形成され、種類によっては秋の終わりまで次々と結実、散布が行われる。また、個体によっては正常花が全く出ず、初めから閉鎖花ばかりのものもあり、雑種にもこの特徴を持つものがある。
 閉鎖花の花弁は、普通小さく退化しているが、5枚とも全部白色りん片状でこん跡的なものから、側弁としん弁がやや大きくて上弁がこん跡的になっているものなど、その程度はいろいろである。がくよりも小さいので普通外部からは見えない。雄ずいも上及び側雄ずいの3本は白色りん片状か、りん片状にならないが、やく室を欠いているものなど、いろいろな形に退化している。しかし下雄ずい2本は発達しており、その付属体で、短くて著しく湾曲した花柱と柱頭部を取り巻き、密着して包みこんでいる。また雄ずいのやくは孔裂開(porous dehiscence)で、やく室の先端の開孔部に雌ずいの柱頭が食いこむ形で接し、むだなく完全に自家受粉が行われる状態になっている。従って、閉鎖花の花柱上部は、正常花のそれのように形に特徴が無く、どのスミレでもほとんど同じ形である。正常花から閉鎖花に移行する段階の花もしばしが生じるので、そうした花の花柱上部の形態の変化も、興味ある調査対象となる。下雄ずい2本は、受精が終わり子房が肥大伸長するとともに、その基部が花たくから離れ、雌ずいにくっ着いたまま持ち上げられていき(図3のD)、その後離れて落ちる。」
 深い観察に裏打ちされた含蓄のある説明だと思います。しかし、スミレ類全体の概括であるためにかえって、種毎の差はないのか、全ての種に閉鎖花がつくのかなど私の疑問はさらに広がっていきました。
「原色日本のスミレ」にはさらにヒトツバエゾスミレの図版中に、その閉鎖花について彩色した7つの小図に分けて非常にわかりやすく図示されていて参考になります。

 次にスミレ図鑑の定番とも言える、いがりまさし「日本のスミレ」を見てみます。私は1996年に出たこの本によってスミレについて一から勉強させてもらいました。この本がなければやりたい事の見つからないままの人生になっていたかも知れません。それはともかく、この本では種毎に分かれた図鑑部分の他に、スミレに関する話題について著者が生の声で縦横に語ったコラムというか本編というか、そんなページが充実しているのですが、そのなかに「スミレの閉鎖花と実」という項目があります。スミレV. mandshuricaとノジスミレの閉鎖花のすばらしい写真が載っています。主にスミレ類全般の開放花と閉鎖花の役割の違いについて書かれていて、最後に「閉鎖花が子孫繁栄の「量」を担っているとすれば、開放花は「質」を高める役割を果たしているということができる。」とまとめられています。でも、私が知りたいのはなぜスミレ属だけがほとんどの種で閉鎖花を着けるのか、着けない種があるのか、どのようにしてこのような進化した形態が出来上がってきたのか、なぜ様々な科で独立に閉鎖花が進化したのかというようなことなのです。

 私にとってもう一つのバイブルと言っても良い、橋本保「日本のスミレ」ではどうでしょうか。残念ながらヒメスミレ・ニオイスミレの閉鎖花の簡単な図と以下の一文があるだけです。「春、正常の花期がすぎてもみのる果実は閉鎖花(閉花、図29)の自家受粉によるものです。閉鎖花では、花弁が退化していますので、外からはがく片だけが見えます。閉鎖花はしめった季節が続くとき、暗いときなどにできるので、昆虫の媒介が不可能な場合に役立っています。」

 2001年に出たニュートンムック河野昭一総監修「植物の世界 草本編(上)」に森田竜義「ナガハシスミレ」という記事があります(1988年に出たNewton special issue 第1号の中の記事と同じ内容)。
開放花と閉鎖花という二つの繁殖戦略をとるスミレ類の中からナガハシスミレを題材に取りあげ、その両方の実態と意義を詳しく解説したものです。
 「開放花の雌しべはまっすぐにのびているが、閉鎖花では湾曲して柱頭が下を向き、その両側にぴったりと葯が接している。閉鎖花の受粉はどのようにして行われるのだろうか。じつは花粉は葯からは出ないのである。花粉管が葯の壁をつらぬき、柱頭を通って胚珠へとのび受精が行われる。ピンセットで閉鎖花のがくを取り除くと、クモの糸のように無数の花粉管がのびているようすを肉眼でもみることができる。」私はこの文を読んで自分でも20倍の顕微鏡で閉鎖花を覗いて見ましたが、なんとも微妙なところがはっきり分からなくて歯がゆく、もっと大きな顕微鏡が欲しいという想いを募らせました。
 さらに閉鎖花の役割についてとても詳しく書かれていますので少し長いのですが以下に引用します。 「最初の疑問にもどろう。ナガハシスミレの閉鎖花が次のような利点をもつことは明らかだ。第一に受粉という他力本願の課程を省略しているので確実に種子をつくることができる。平均結実率は開放花の35%に対し、閉鎖花は60〜70%。また胚珠数あたりの平均種子稔性率(種子数/胚珠数×100)も開放花が47%、閉鎖花が約80%といずれも閉鎖花の方が圧倒的に高い。第二に小型で単純なので種子生産に要するコストが低い。花粉数も1花あたり約1000個弱で、開放花の3〜5万個にくらべていちじるしく少ない。第三に種子生産のスピードが速い。開放花が8日間も咲いているので、その分結実まで長くかかるのである。閉鎖花の利点は少ないエネルギー投資で効率的な種子生産ができる点にあるといえよう。もちろん閉鎖花では他家受精は不可能だから、遺伝的多様性を保つという点では開放花におとることはいうまでもない。野外の自然個体群において、閉鎖花は具体的にどの程度の役割を果たしているだろうか。この点を明らかにするために、私たちは新潟県弥彦山中腹のスギ林において継続観察をおこなった。閉鎖花は、開放花の花期の終わるのとほぼ同時につきはじめ、10月中旬まで約半年間、次々と咲きつづけた。明るい林縁の株は年間に約100個の花をつけたが、その80%以上は閉鎖花だった。また林縁で年間につくられる種子は1平方メートルあたり5000個にも達したが、その70〜90%は閉鎖花によるものだった。一方、暗いスギ林の林床では大型の株でも年間わずか30個の花しかつけず、1平方メートルあたりの種子数も200個にとどまるが、閉鎖花による種子の割合はさらに増加した(90〜100%)。スギ林内の秋訪花の結実率は低いが、ポリネーター(送粉者)がほとんど訪れないためらしい。以上のことから、光条件が悪くなると閉鎖花の役割が高まることがわかる。しかし、それでは光条件のよいところでも、なぜ閉鎖花によって種子をつくりつづける必要があるのだろうか。それはナガハシスミレの発芽習性と深くかかわっているようである。(中略)春に咲く開放花の種子は、次の年の春までほぼ1年間を土に埋もれたまま待たなければならない。その間に食われたりして失われるものが多いので、夏から秋にかけて作られる閉鎖花の種子の方が生き残る確率ははるかに高いだろう。光条件の悪いその季節に種子生産をおこなううえで、コストが低くポリネーターに左右されない閉鎖花はきわめて効率的だろうと思われる。」

51t2qfccsql_ss500_ 

      「植物の世界 草本編(上)」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年10月 4日 (金) | トップページ | 2013年10月 8日 (火) »